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歴史の風 27 ~大代の切り通し~

歴史の風 27

~大代の切り通し~

 貞山運河は、仙台湾岸の低地に造られた運河ですが、唯一、丘陵部を通る場所があります。中峯橋付近がそれにあたります。

 この場所の開削について、『多賀城町誌』には、
「御船入堀を掘る時の難工事であったのは、大代牛生(ぎゅう)間の石ケ森の麓の石山の開削であった。この貞山堀を掘る時の人夫うちには、罪人も大分あった。掘割(切り通し)の工事は、殊に難事業であったので、罪人はこの難工事に廻された。そして非常に残酷に使役(しえき)された。そのために倒れるものもかなりあった。今と違って死んでもお構いなしで、一人一人葬ることも面倒だと、近くの谷地に穴を掘ってどしどし埋めて、簡単に土饅頭(どまんじゅう)をつくっていたそうである。しかし、その後、数十年経つ中に葦谷地になってしまったので、付近の人々は、この葦を刈り取って屋根を葺(ふ)いた。ところが不思議にもその葦で葺いた家は、大抵火事に遭った。そこでこれはきっと死人の祟りだろうと、段々話が大きくなって、それから後は皆恐れて誰もこの谷地の葦を刈るものがなくなった」という言い伝えが紹介されています。

 御舟入堀の工事の中で、この丘陵の開削が、かなりの難工事であったことがうかがえます。

 この切り通しでは、樹陰が水面に映る光景が見られ、貞山運河の中でも際立った景観を醸し出しています。