歴史の風 54 ~鎌倉神社~
歴史の風 54
~鎌倉神社~
鎌倉神社は、本市中央部の下馬1丁目に所在する神社です。住宅地の中で、ひときわ鮮やかな赤い社は、もとは仙台藩の家臣、芦立氏の氏神であったと伝わっています。祭神は、平安時代末期、源義家に従って戦功を挙げた鎌倉権五郎景政とされていますが、芦立氏が鎌倉権五郎を祭神とした経緯については明らかではありません。明治百年を記念し、昭和44年に本殿を流造りに、拝殿を入母屋造りに改修され、本社である鎌倉市の御霊神社(権五郎神社)より新たに神霊が迎えられています。
現在の社殿は道路に面して鎮座していますが、改修以前は現在地よりやや北側の奥まった場所にあり、木立に囲まれて立つ茅葺屋根の質素な社の写真が、昭和42年発行の『多賀城町誌』に掲載されています。
芦立氏は、江戸時代に下馬村に在郷屋敷を賜り、「宮城郡屋舗帳」という記録には、その敷地は60間四方(約3600坪)と記載されています。鎌倉神社の境内は小字が「除」であり、江戸時代には在郷屋敷など諸役が免除された土地の名残りと見られることから、現在の社地一帯は、芦立氏の屋敷地の一部であり、この氏神は屋敷の一角に祀られていたと考えられます。
江戸時代が終わり、芦立氏が領主としての立場を失ってからも、その氏神は古くから下馬に住んでいた方々によって守られ、祭祀が行われてきました。昭和44年の改修の翌年、下馬全地区の自治会に維持管理が委嘱されることになり、芦立氏の氏神は、鎌倉神社として下馬地区で初めての鎮守の神様になりました。鎌倉神社は、現在でも下馬地区の人々によって祭事が執り行われていますが、社主は芦立氏であり、この神社がかつてはその氏神であったという歴史を伝えています。